大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1870号 判決 1977年3月30日

原告

島村和夫

被告

株式会社大島園

右代表者

大島喜三夫

右訴訟代理人

渡辺隆

若月隆明

主文

被告は原告に対し金三八万一七一三円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決の第一項は、原告が金一二万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金六五万五八〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張<略>

理由

一原告が昭和四六年ころ被告に雇用され、以来主として製品の納入並びに集金業務に従事してきたものであることは当事者間に争いがない。

二原、被告間の昭和四八年六月以降の賃金の約束が、月額一〇万円、但し所得税を除き諸種社会保険料は特に被告の負担とすることとされており、右月額が昭和四九年二月分から一一万円に、同年四月分から一二万円に引上げられたことは当事者間に争いがなく、右月額賃金の計算期間及び支給日については、被告代表者の供述により、前月二六日から当月二五日までの分を当月二五日に支払うこととされていたものと認めるべく、原告本人の供述中右認定に反する部分はいささか曖昧であつて採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

次に賞与の点については、<証拠>を綜合すると、原告が被告に雇用される際賞与は年二回支払うとの程度の合意があつた(被告代表者の供述中にこの認定に反する部分があるが採用しない。)ところ、実際には、入社後一年程度を経過した従業員に対しては全員に対し、毎年七月と一二月に賃金一ケ月分以上の賞与が支給されてきたこと、原告も入社以来昭和四八年一二月までは右のとおり欠かさず受給しており、同年七月には賃金の1.5ケ月分に相当する一五万円を、同年一二月には二ケ月分に相当する二〇万円を受給したこと、被告代表者としても最低基準を一ケ月分とし、当該従業員の成績や勤務年数により裁量でそれを超える賞与を支払うとの方針で右のとおり処理してきたこと、昭和四九年七月にも原告を除く従業員に対しては一ケ月分以上の賞与が支給されたことがいずれも認められ、右に指摘したほか右認定に反する証拠はない。なお被告代表者は、右賞与はその支給日に在職する者に対してのみ支払う旨供述するけれども、その供述自体に照らし右はその意見にすぎないものと認めるべく、その供述と弁論の全趣旨によれば、むしろ、かかる社内規程ないし慣行は存しなかつたものと認められる。

右認定の事実に照らすと、被告においては、少くとも、経営状態が著しく劣悪でその支給により経営維持が危くなるとか当該従業員の勤務成績が著しく不良であるとかの特段の事情のない限り、毎年七月及び一二月に各賃金一月分以上の賞与を支給すべきことが労働条件の内容となつていたものと解するのが相当であり、そして昨今の企業一般における賞与の支給実態に鑑みると、一般に、賞与は単なる使用者の恩恵による給付ではなく、従業員の提供した労務に対する賃金の一種とみるべきであるから、特段の社内基準等のない限り、その支給の対象とされる労働期間の全部を勤務しなくても、またその対給日に従業員たる地位を失つていても、支給最低基準額(本件においては一ケ月分)については、支給対象期間中勤務した期間の割合に応じて、その請求権を取得するものと解するのが相当である。しかるところ右に指摘した特段の事情ないし特段の基準等の存在については、本件においてこれを認めるべき証拠は存在しない。右賞与支給対象期間について、原告は前年一二月から当年五月までを前期、当年六月から当年一一月までを後期と定められていた旨主張し、その主張に副う供述部分も存するけれども、供述自体曖昧でにわかに採用できないところ、右について他に特段の証拠はないから、右認定の支給時期に照らし、毎年七月に支給される分は当年一月から六月までを、一二月に支給される分は七月から一二月までを対象期間とするものと認めるのが相当である。

三原、被告間の雇用契約の終了原因につき、原告は被告が昭和四九年六月五日即時解雇の意思表示をしたと主張するのに対し、被告はこれを否認するとともに原告が同年四月七日以後就労せず、これが原告からの解約申入に当ると主張するので、まず後者について判断するのに、<証拠>を綜合すると、原告は昭和四九年六月五日まで被告の業務に従事し、従つて被告主張のように同年四月七日以降勤務しなかつた事実はないものと認めるのが相当というべく、証人大島専衛の証言及び被告代表者の供述中右認定に反する部分は措信できないというべきである。即ち、証人大島専衛及び被告代表者は、右四月七日以後原告は全く出社せず、訴訟の場で原告と会う以外に原告と会つたこともないと供述するのに対し、原告本人は、四月七日以後も五月四日まで従前と同様に出社し集金業務に従事した(もつとも原告本人及び被告代表者の供述を綜合すると、原告の当時の担当業務は主として集金業務であるため、外廻りが多く、必ず毎日被告本店や工場に出社するとは限らず、また代表者と顔を合わせるのは月のうちのほぼ半分程度であつたと認められる。)と供述し、全く相対立するのであるが、右甲第一号証の一、二によると、原告は同年四月分及び五月分の給与を受領している(その支給日は各月の二五日)ことが明らかであるところ、この点につき被告代表者は、次の就職口をみつけるまでの仕度金として支払つた旨述べるのであるが、その支払は原告本人の供述によりそれまでの通常の方法、態様によりなされたものと認めるほかなく(これに反する証拠はない)、右給与が、全く勤務を欠いているのにかかわらずかかる特例として支払われたと窺われる形跡は全く存しないこと、<証拠>に照らすと、右の間、原告の勤務が万全であつたかどうかはともかくとして、少くとも原告がある程度の集金業務を遂行したとの限度で原告本人の供述が裏付けられるものといわざるをえない<証拠>と対比してみても、その間に明確な矛盾は認められない。またこの間原告が集金した金員を被告に入金したかどうかにつき被告代表者は、原告は出社していないのだから入金はないと思う、旨供述するだけで、入金を否定する的確な根拠も示されていないのである。)ことに照らし、この点については結局原告本人の供述の方に軍配をあげざるをえないのである。

<証拠>によれば、原告が被告の取引先から集金した小切手を受取人原告名義で取引銀行に取立委任した件につき、同年四月六日被告代表者が原告を詰問した結果その時点で原告はその権利が被告に帰属すべきことを承認したことが認められ、また<証拠>によれば、右四月六日の直後ころから被告は集金業務担当者として二塚美代子なる者を採用したことが認められるけれども、これらの点も右認定を覆えすに足りないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで右の事実認定を踏まえて、原告主張の解雇の意思表示につき考えると、<証拠>を綜合すると、原告は、右小切手金をめぐつて申立てた調停事件につき同年六月五日江戸川簡易裁判所に出頭した際、被告代表者に代わつて出頭した被告の取締役大島専衛から、「会社を訴えるとは何事だ、もう会社に出て来なくてもよい」と言われ、当日被告工場事務所に赴き被告代表者に対し「出て来なくてよいと言われたがそのとおりか」と糺したところ「そのとおりだ」との確認を得、その二、三日後に被告代表者に対し電話で「解雇なのか」と糺すと「わかつているだろう、引継をやつておいてくれ」と言われ、そこで同月一〇日ころ出社して被告の集金業務担当者の一人大島久光と集金業務の引継をし、そして原告は同月一三日到達した内容証明郵便をもつて被告に対し労働基準法二〇条所定の解雇予告手当その他の請求をしたことを認めることができるものというべく、証人大島専衛の証言及び被告代表者の供述は右と真向から対立するが、その部分は採用しえないことに帰し、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実及び原告自身本件訴訟において解雇の承認を援用していることに照らせば、被告は原告に対し同月五日即時解雇の意思表示をし、原告は同月一〇日ころこれを即時解雇として承認した(その趣旨は、将来その効力を争う権利を放棄したものと解すべきである。)ものと認むべきである。なお右即時解雇に際し被告が原告に対し解雇予告手当を支払わなかつたことは被告において争わないところである。

四以上認定したところによれば、原告は被告に対し左のとおり未払給与及び賞与の請求権を有するものというべきである。なお被告は昭和四九年五月二五日までの給与を支払つたと主張し、原告は同月二一日以降の給与が未払いであるとするが、同年五月分の給与が完済されたことは前出甲第一号証の二により明らかで原告本人もこれを自認しており、この点の争いは給与の締切日がいつであるかの争いに帰するところ、前認定のとおり右締切日は毎月二五日と認められるから、結局同月二五日までの給与が支払われたものと認められる。

(1)  昭和四九年五月二六日から同年六月五日まで一一日分の給与四万二五八〇円(一二万円×11/31)。その履行期は同年六月二五日。

(2)  同年一月から六月までの勤務に対応する賞与一ケ月分一二万円のうち、同年六月五日までの勤務に対応する分一〇万三三三三円(一二万円÷6×)。その履行期は遅くとも同年七月末日。

五次に解雇予告手当請求権の成否について考えるのに、同手当を支払わないでなされた即時解雇の意思表示は労働基準法二〇条一項但書に定める場合のほかは元来無効なのであるから、従つて同手当の請求権もこれを観念する余地のないのが原則であるけれども、本件のように意思表示後三〇日以内に従業員がこれを即時解雇として承認したような場合には、使用者において同手当を支払わない即時解雇に固執するものと認められる特段の事情のない限り(本件ではかかる事情は何ら存しない。)、従業員は以後その解雇の効力を争いえない代りに、同手当請求権を取得するものと解するのが相当である。蓋し、この場合右意思表示後同法二〇条一項所定の三〇日の期間を経過したときに解雇の効力を生ずると解することは、むしろ両当事者の意思にそぐわないため、例えば従業員が解雇の意思表示により労務の提供を放擲した場合に右三〇日の間の賃金請求権を失うと解すべきかどうかが問題になるなど、無用の混乱を招来しかねない反面、右請求権を認めても、実質上使用者に特段の不利益を与えるわけではない(同法一一四条所定の附加金について考えても、同手当の支払いのない即時解雇につき右のように三〇日前にする解雇予告と同様の効果を認める考え方をとつても、使用者が三〇日分の平均賃金に相当するものを支払わない場合には、同条の適用があると解すべきものである。)し、そして同法一一四条との対比において同法二〇条一項をみれば、この規定をもつてかかる場合における同手当請求権の根拠とみることを妨げる決定的理由も見出し難い。

そうすると本件において原告は被告に対し同法二〇条一項所定の三〇日分の平均賃金を請求しうるものというべく、同法一二条によりその金額は、昭和四九年二月二六日から同年五月二五日まで八九日間の労働に対し支払われた賃金三五万円(三月分一一万円、四、五月分各一二万円)の三〇日分であり、原告主張の一一万七九〇〇円を下らないことが計数上明らかである。

次に附加金の請求について考えるのに、右のとおり被告は原告に対し予告手当を支払わないで即時解雇し、よつて労働、基準法二〇条一項に違反したものであるところ、本件口頭弁論終結時までに右予告手当の支払いを完了するなどその義務違反の状態が消滅したとの点について何らの主張もない。被告は、本件が制裁としての附加金の支払いを命ずべき場合に該当しないと主張するところ、附加金の支払いを命ずるためには、右法条違反のほかに特別の帰責事由の存することを要件とするものではないが、ただその違反につき違法性を阻却する事由が存するときはもちろん、特に右違反に対し制裁を課すべきでないと認めるに足る特段の事情のある場合には裁判所は附加金の支払いを命ずべきでないものと解されるので考えると、原告に本件解雇の意思表示前に特段の不就労があつたと認められないこと前三項判示のとおりであるほか、同項認定事実の下で本件解雇が原告の勤務意思の放棄に由来するものであるとか、被告に解雇の認識がなかつたとかの事実を認めるに足る証拠はないし、他に被告において解雇の意思表示の際ないしそれに接着する時点において予告手当の支払いをしなかつたことを是認しうべき事情も認められない。ただ、<証拠>によると、被告は本件解雇の意思表示後一年半余を経た昭和五一年二月一七日になつて労働基準監督署係官の指導に従つて原告に対し、解雇予告手当その他を支払うから同月二七日に受領のため出頭するよう通知したところ、原告は右期日に出頭しなかつたことが認められるが、その後間もない同年五月一一日の本件第一回口頭弁論期日に陳述した答弁書において本件解雇予告手当支払請求を拒絶する旨を明らかにしているのであるから、結局において現在被告は右義務違反の状態にあることに帰するし、また制裁を課するのを不相当とする事由ともなりえないというべきである。他に右違法性阻却事由ないし特段の事情を認めるに足る証拠はない。

よつて当裁判所は、被告に対し右不払いの解雇予告手当と同額の附加金を支払うべく命ずる。

六さらに原告は、被告の本件解雇が不法であり、あるいはその意思表示が不明確なため、原告の生活及び再就職に対し不便を与え、原告は精神的苦痛を蒙つたとして不法行為に基づく損害賠償の請求をするが、原告は本件解雇の意思表示をその後間もない日に承認したとしてこれを本訴において援用しているのであるから、既にかかる主張は失当というべきのみならず、本件解雇により原告が生活及び再就職に特段の不便を蒙つたことについては何らの立証もない。よつてこの点の請求は失当である。

七以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は、未払給与四万二五八〇円、賞与一〇万三三三円、解雇予告手当一一万七九〇〇円、附加金一一万七九〇〇円、以上合計三八万一七一三円の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(濱崎恭生)

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